映画「ライク・サムワン・イン・ラブ」

映画「ライク・サムワン・イン・ラブ」

「友だちのうちはどこ?」「桜桃の味」などで知られるイラン人映画監督アッバス・キアロスタミ。彼がここ日本を舞台に、日本人のスタッフと俳優を使って製作した映画が「ライク・サムワン・イン・ラブ」です。この映画のタイトルを日本語に訳すと「まるで恋でもしているかのように」となります。そのタイトルの通り、この映画は日本人の男女3人が繰り広げる恋愛の物語です。とても静かな映画で、登場人物も少なく時間の経過もわずか一日足らずなのですが、世代や性別の違う3人がそれぞれ抱える愛の形や誰かが手を離したら簡単に崩れてしまうほど繊細な三角関係、それぞれが抱える心の葛藤を丁寧に描いています。外国人が撮った日本の映画とは思えないほど日本人をきちんと描いている作品です。

「ライク・サムワン・イン・ラブ」について

この映画は2012年9月に公開された日本とフランスの共同製作映画です。監督はアッバス・キアロスタミで、全編日本国内を舞台にして撮影、言語も日本語が使われています。第65回カンヌ国際映画祭コンペティション部門の正式招待作品に選出されました。また、第22回日本映画プロフェッショナル大賞ベスト10にて第5位を受賞しています。84歳の元大学教授と、デートクラブで働く女子大生、女子大生の恋人である青年の3人を中心にそれぞれの愛の形を描いています。主人公の教授を演じる奥野匡は、84歳にして映画初主演を果たしました。本作はキアロスタミ作品としては初めて日本を舞台に撮影された作品でした。当初のタイトルは「The End」だったのですが、後に「ライク・サムワン・イン・ラブ」に決定しました。製作費は2億円で、そのうち500万円はインターネット上で資金調達を行う仕組みであるクラウドファンディングで一般から投資を募り、215人から合計536万4501円を得ました。5万円以上寄付した人は特典として撮影現場に招待され、エキストラとして出演しています。全てのキャスティングは有名無名を問わずにオーディションで選出され、ヒロインには高梨臨が、その恋人役には加瀬亮が選ばれました。大学教授の役は当初「60代のインテリ男性」を一般公募していたそうですが、選出の結果84歳の奥野匡が選ばれました。日本でのキャッチコピーもそれに合わせて「84歳、かりそめの恋を 夢見た」となっています。ロケは東京都、神奈川県、静岡県で撮影されました。撮影の際は、キャストには毎日その日の分の台本しか渡されず、物語の結末も知らされないまま撮影が進められたのだそうです。

キャスト

  • タカシ・・・奥野匡
  • 明子・・・高梨臨
  • ノリアキ・・・加瀬亮
  • ヒロシ・・・でんでん
  • 隣のおばあさん・・・鈴木美保子
  • 明子の祖母・・・窪田かね子
  • 教え子・・・岸博之
  • なぎさ・・・森レイ子
  • タクシー運転手・・・大堀こういち
  • 整備工・・・辰巳智秋
  • なぎさの友人・・・春日井静奈

スタッフ

  • 監督・脚本・・・アッバス・キアロスタミ
  • プロデューサー・・・堀越謙三、マラン・カルミッツ
  • アソシエイト・プロデューサー・・・ナタナエル・カルミッツ、シャルル・ギリベール
  • 撮影監督・・・柳島克己
  • 編集・・・バーマン・キアロスタミ
  • 編集助手・・・横山昌吾
  • 美術・・・磯見俊裕
  • サウンドデザイン・・・菊地信之
  • 製作・・・ユーロスペース、MK2
  • 配給・・・ユーロスペース

ストーリー(ネタバレ)

デートクラブの女・明子

明子は都会で一人暮らしをする女子大生。彼氏がいるのですが、内緒で高級デートクラブでアルバイトをしています。明子が隠し事をしていることに恋人のノリアキは薄々感づいていて、彼女が友達と遊んでいる間にも電話で呼び出したりと束縛が激しい様子です。明子はノリアキのそういった態度にうんざりしているのですが、別れるという選択肢はないようで、嘘に嘘を重ねて言い逃れしようとしています。そんな時、デートクラブから指名が入ります。しかし明子はバイトにも乗り気ではない様子です。実は今日、郷里から祖母が明子を訪ねて上京してきていたのでした。会いたいという祖母の留守番電話に気が付いたのはもう夜になってから。祖母は、一日しか滞在出来ないが何時まででも待っているとメッセージを残していました。しかしデートクラブの支配人に仕事を優先しろと言われ、明子はしぶしぶタクシーに乗り込みます。結局祖母のメッセージには一度も応えずに、指名された男性宅へと向かうのでした。

元大学教授・タカシ

明子がタクシーで着いた先は、84歳の元大学教授・タカシが待つマンションでした。タカシは妻に先立たれて孤独な人生を歩んでいました。何やら難しそうな専門書が壁一面に並ぶタカシの部屋。タカシはロマンチックな夜にしようとテーブルをセッティングし、シャンパンも用意して待っていましたが、明子はつれない態度を取ります。いっしょにお話ししようと誘うタカシをよそに、明子は眠いからと早々にベッドへ行って眠ってしまうのでした。翌朝、大学で試験があるという明子を、タカシは車で送って行きます。試験が終わったらデートへ出かける約束を取り付けたタカシはご機嫌です。一方明子はだるそうに欠伸をするのでした。

恋人・ノリアキ

明子を大学まで送り届けると、そこにはノリアキが待ち構えていました。昨夜のことで明子を責めるノリアキ。明子は逃げるように構内へと入っていきます。ノリアキはタカシに目を向け、彼女とどういう関係かと問います。タカシは明子の祖父のような態度を取ります。勘違いしたノリアキは、自分たちのことを話し始めます。明子が隠し事をしていること、彼女と結婚しようと思っていること、何故なら結婚すれば隠し事はできないからと考えていることなど、タカシを明子の祖父と信じて話すのでした。タカシはそんなノリアキに、そう急がなくても大丈夫だと諭します。「訊ねても嘘しか返ってこないと判っているなら、最初から訊ねないのがいい」とアドバイスするのですが、ノリアキは耳を貸しません。中卒で自動車修理工として自分の整備工場を構え、経済的にも独立しているノリアキでしたが、明子のこととなると頭に血が上りやすく、短気なのでした。

三人の行方

試験が終わった明子を待っていたのは、車に乗るタカシとその助手席に座るノリアキでした。自分の恋人とデートクラブの客が同じ車に乗っていることに焦りを感じる明子でしたが、そんな明子にタカシは「大丈夫」と目で合図をし、彼女を車の後部座席に乗せるのでした。ノリアキはデートクラブのチラシの写真が明子に似ているという話を持ち掛けますが、明子は「私は色んな人に似ているって言われる」と言ってごまかします。タカシは静かに運転を続けますが、そこでノリアキが車の異変に気が付きます。ノリアキが言うにはドライブベルトに異常があるとのこと。三人はノリアキの整備工場へと向かい、車の修理をしてもらうのでした。

嘘の限界

車の整備が終わると、タカシはひとりで家に帰ります。と、そこへ明子から電話が掛かってきます。電話の向こうで明子は泣いていました。明子の元へと急ぐタカシ。駆けつけると、顔が赤く腫れた明子がいました。ノリアキに殴られたのです。タカシは明子を自宅へと連れ帰り、彼女を匿います。しかし激昂したノリアキがタカシの家まで明子を追いかけてきます。タカシが明子の祖父ではないこと、明子がデートクラブで働いていること。全ての真実を知ったノリアキはタカシの家で暴れ出すのでした。

感想

唐突な終わり方をする映画は結構あると思うのですが、物語の途中で終わる映画を観たのはこの作品が初めてではないかと思います。この映画の主要な人物は3人で、主人公は84歳の元大学教授のタカシです。タカシは妻に先立たれて孤独な毎日を送っていますが、家も綺麗にしていますし、たまに講演なども行っていて、結構いい生活を送っています。たまたまデートクラブのチラシで、妻の若い頃にちょっと似ている女の子を見つけてしまい、彼女を指名します。指名され、やってきたのが女子大生の明子です。とても美人なのですが、色々なことを諦めているような表情をしています。冒頭からまるでストーカーのような彼氏の電話に付き合わされていますが、きっぱり断ればいいものを彼女も煮え切らない様子でイライラさせられます。電話を掛けているのがもう一人の主要人物であるノリアキです。電話の時点で典型的な束縛ダメ男であることが分かり、トイレのタイルの数を数えて来いというセリフには心底うんざりさせられました。そしてそんなノリアキと別れられない明子にはもっとうんざりです。一方タカシがいい人かというとそうでもなく、お金を払って女の子を買い、紳士な態度を取りつつやることはしっかりやった様子でした(ここの意見は手を出さなかったという人と、出したという人で分かれるところですが、私は出したのではないかと思っています)。翌朝の浮かれ具合なども観ていてちょっとどうなのかと思うような態度でしたし、その後ノリアキに説教するのも、自分も嘘をついているのに…とあまり関心できませんでした。ストーリーらしいストーリーはないと言っても過言ではないこの映画ですが、上記のようにそれぞれのキャラクターが個性的で、それでいてこういう人いるよなあと感じさせる点もあり、彼らの会話だけで進む展開にも不思議と飽きたりはしませんでした。特にノリアキのエピソードが印象的で、ストーカーまがいのことをする人間なのに、車の整備に関してはプロの腕前を持っていて、音だけでその異変に気付くというちょっとしたシーンのお陰で、彼がダメなだけの人間ではないことが分かります。演じた加瀬亮は、なよなよした男性役のイメージがあったのですが、今回は見事に情緒不安定なDV男を演じ切っていました。ノリアキを見ていると、暴力と理性の間のギリギリを生きている人って実は多いのではないかなと思いました。タカシのところに来て暴言を吐くノリアキの気持ちも分からなくはないです。自分の彼女がデートクラブで働いていたなんて知ったら、それは誰だって怒ります。明子がなぜデートクラブで働こうと思ったのか、タカシはどこでデートクラブを知ったのか、ノリアキが窓ガラスを割ったあと彼らはどうなったのか、真相は明かされないまま映画は終わります。とても中途半端な気がしますが、なぜだかすんなりとそれを受け入れられるのがこの映画の不思議な魅力だと思います。車の窓に映る風景や、鏡に移る顔、タカシの書斎、ベッドルームなど切り取られた映像もどれも美しく、印象的でした。世代も性別も違う三人が、お互いに干渉し遠慮し合いながら微妙な間を保つ様子にリアリティがあり、とても面白かったです。